岡山市立幡多小学校概要


■基本データ  ※平成23年5月1日現在
学校名 岡山市立幡多小学校
所在地 〒703-8233
岡山市中区高屋254
電 話 086-272-1776
086-272-1914(FAX)
学校長 池田 滋
教職員数 61名
児童数 1055名


■学区について
本学区は,藤原,高屋,兼基,赤田,清水,関,沢田,今谷の地域26町内をもって構成される。百聞川遺跡,沢田の古墳群にみられるとおり,古くから山陽道の交通の要衝を占め,豊かな自然に恵まれた農村地域として発展してきた。戦後,日本経済の躍進に伴い急速に市街化し,旧国道2号線に沿う岡山市のベットタウンとして,他よりの人口の流入が著しい地域となっている。学区民は教育に熱心であり,学校を中心とした協力意識が強く,教育環境に恵まれている。 


■地図・住所


■幡多小学校の歴史
明治 9. 2.
   40.10.
大正15. 4.
昭和16. 4.
   22. 4.
   29. 4.
   31.10.
   39. 8.
   40. 3.
   40. 5.
   44.12.
   45. 4.
   45. 5.
   46. 7.
   47. 5.
   52. 3.
   52. 9.
   53.11.
   54. 1.
   55. 4.
   57. 3.
   58.12.
   61. 2.
   61.11.
   62.11.
平成元.  3.
    2. 1.
    4. 2.
    4. 8.
    7.11.
   10. 1.
   11. 6.
   13. 4.
   14. 3.
   14. 5.
   14. 7.
   14.11.
   15. 7.
   17.10.

   18.11.
   19. 4.
   20. 3.
   21. 2
高屋村立成始小学校として創立
幡多尋常小学校と改称
小学校附属幼稚園を併設
岡山県上道郡幡多国民学校と改称
岡山県上道郡幡多小学校と改称
岡山市に編入,岡山市立幡多小学校と改称
校歌制定
運動場を造成拡張する
第2棟鉄筋3階建6教室を完成
プール及び付属浄化装置完成
運動場夜間照明設備完成
幡多少年パトロール隊結成
新校門完成
第1棟4階建校舎完成
屋内体育館完成
第2棟3階建6教室完成
浄化槽並びにポンプ室完成
第2棟6教室増築,第1棟との痩廊下完成
校地1,200坪埋立工事
第3棟2階建校舎完成
第3棟4教室,第1棟3特別教室増築
給食棟完成
木造校舎撤去
創立111周年記念の中庭完成
日本初等理科教育全国大会
第2棟,第3棟間の中庭完成・夜間照明全面改修
防球ネット完成
部省指定生活科実施推進校研究発表会
第2棟6教室全面改修
図書館コンピューター設置
新プール及び付属浄化装置完成
プール竣工式
ひまわり学級(障害児学級)開設
ひまわり学級教室改装
校内LAN工事完了
第1棟北面ガラス窓サッシ改修
岡山県小学校総合的学習教育研究大会
第1棟南面ガラス窓サッシ改修
全国的かつ総合的な学力調査の実施に係る
研究指定校訪問(文部科学省)
岡山市小学校体育研究発表会 
ひまわり学級(情緒)開設
高架水槽、受水槽新設
総合遊具新設
▲大正12年 校舎全景
 
 
 ▲昭和45年 幡多パト隊結成
 
▲平成18年 体育研究発表会 
 
▲平成21年 総合遊具新設


■校歌 

幡多小学校校歌
        作曲   水野康孝 
        曲詞   服部忠志
                
1 吉備の文化 古く栄えて
  伝統は長く残る この幡多
  われらのびゆく
  葦の芽に 光みちて
  ああ 栄えあれよ 幡多小学校
 
2 操山に 緑かがやき
  希望は胸にみちる この朝
  学びいそしむ
  父母の 顔はみえて
  ああ 栄えあれよ 幡多小学校
 
3 心からだ 強くきたえて
  理想は高く 青いあの空
  たえず進もう
  さわやかに 風はふいて
  ああ 栄えあれよ 幡多小学校 
 
 
旧校歌(昭和15年頃まで歌われていた校歌)

■校章 


五三の桐に「幡」の文字
五三の桐 って?

桐はゴマノハグサ科の落葉高木で、わが国の原産とされている。中国では瑞木とされた。秀でた帝王がこの世に現れると、瑞鳥の鳳凰が現れてこれが棲息する木が桐の木であるとされる。この事は古典に「鳳凰高岡に鳴木梧桐(あおぎり)生ず」と載っている。このような理由で桐の文様は高貴な文様とされた。そうしてこの瑞祥文様から意匠されたのが桐、竹、鳳凰文様で天皇の胞の文様である。日本では古くから各地で栽培された。成長が早いので、女の子が生まれると桐を植えて嫁に行く時にこれを切り、箪笥や長持ちを作るのに当てた。一般には太閤紋として知られているが、本来が御皇室の紋章で菊紋と同じく、権威ある紋章です。歴史上、足利氏と豊臣氏が朝廷からこの紋を賜りさらに各武将が褒美としてもらい受けた事により日本中に桐紋が広がった。菊紋に次いで名誉ある紋として尊重され、羨望の的であった桐紋です。因みに豊臣秀吉が家臣に桐紋を与えた名を挙げて見ると、加賀の前田、陸奥の伊達、土佐の山内、備中の木下、播磨の丹羽、日向の内藤、三河の内藤、以上が五七の桐紋、豊後の毛利、但馬の仙石、播磨の脇坂、出雲の松平、丹波の谷、備中の関、伊勢の土方、以上が五三の桐です。これらの大名がさらに各家臣に贈与していったから桐紋は全国にひろまった。
参考文献
菓子司  田道間守(たじまもり)さんのHPより引用させていただきました
「家紋大図鑑」 丹羽 基二
「日本家紋総監」 千鹿野 茂

■児童数の推移 

年度 S58 63 H6 8 10 11 13 15 16 17 18 19 20
児童数 1,526 1,347 1,246 1,190 1,147 1,138 1,093 1,109 1,116 1,111 1,150 1,147 1,132
学級数 38 35 35 33 32 31 33 32 31 31 32 33 34
職員数 57 54 55 54 54 56 56 62 61 63 64 65 66

明治26 43 大正2 14 昭和21 30 38 46 55 63 平成8 16 20
児童数 152 258 265 215 276 262 221 644 1377 1347 1190 1116 1132