古都小学校のあゆみ

■学校の沿革

 ・明治 7年  宿村に古津小学校ができる。(開校記念日)
 ・明治10年  宿村に新築し、古都小学校になる。 
 ・明治20年  尋常古都小学校になる。
 ・昭和16年  古都国民学校になる。
 ・昭和22年  古都小学校になる。
 ・昭和28年  西大寺市立古都小学校になる。
 ・昭和38年  特殊学級を設置する。
 ・昭和44年  岡山市立古都小学校になる。

■古都小学校校歌   中村辰己作詞  野上義臣作曲
1 あしたの光に照らされた 芥子の山を仰ぎつつ 
  足並みそろえて元気よく 手をとりかわし堂々と
  進む我らのいき高し
2 名残の宿場本陣も 文化は移る山陽線
  汽笛の音もこだまして 正しく強くほがらかに
  学ぶ我らのいき高し
3 楽しい良い子の学校が 明るい家と睦みあい
  互いに励み励まされ 平和で住みよい日本を
  気づく我らのいき高し

■建 物

・明治23年 暴風雨のため、校舎が倒壊する。
・明治25年4月復旧工事完成
・明治41年 校舎が新築される。
  (明治44年には西館、大正10年には東館が建てられる。)
・大正13年 創立50周年記念式をする。
・昭和 8年 講堂を拡張、昭和15年には運動場を拡張する。
・昭和25年 給食室が完成する。5年後には調理室を改造する。
・昭和34年 6教室新築
・昭和37年 理科室・給食調理室完成
・昭和39年 創立90周年記念式典を行う。
・昭和44年 管理棟完成
・昭和47年 新幹線が開通し、騒音問題が起こり、校舎が移転する。
・昭和49年 現在地に校舎が完成する。
・昭和50年 創立100周年記念式典を行う。 
・昭和51年 体育館・プール本体が完成、記念式典を行う。
  (これまでは、財田小のプールを借りて全校水泳指導を行う。)
・昭和52年 4教室増築、2年後には1教室増築
・昭和58年 プレハブ1教室を増築する。
・昭和59年 特別教室棟落成
・平成63年 プレハブ1教室増築
・平成 6年 古都の子どもを育てる会発足
・平成8・9年度放送教育全国大会開催
・平成12年 多目的便所・体育館スロープを新設
・平成15年 体育館屋根塗装、北館全面塗装
・平成24年 体育館耐震工事
・平成26年 140周年記念航空写真撮影
・平成28年 校舎耐震工事(予定)
50周年式典での記念撮影
50周年式典での記念撮影
 大正13年10月31日

100周年式典での記念撮影
100周年式典での記念撮影
 昭和50年12月1日

熱心に学習する児童
地域の発展につくした人々
〜古都のぶどう〜
熱心に学習する児童

■昔の行事
 ・学芸会があった。
 ・6年生渋川海事研修所で臨海学校
 ・5・6年全員岡山市青年の家に宿泊し、東山プールで水泳訓練
 ・子どもの声を聞く会を開く
 ・昭和41年から学習発表会があった。運動会はずっと昔からあった。
 ・修学旅行は大正時代から、京都・奈良方面へ行っていた。

■遠足の行き先調べ

<明治時代>
岡山・児島郡米崎・和気郡閑谷・児島郡小串、香川県・財田村米田・和気郡伊部・苫田郡津山・三王山・三木公園、芥子山
<大正時代>
鹿島公園・邑久郡豊村・邑久郡雄山・児島郡下津井・高松屋島、琴平、吉備郡高松・玉島方面・和気郡香登・曹源寺・宮島呉・蚊島公園・神戸方面・大阪
<昭和時代>
湯迫公園・伊勢参拝旅行・赤穂市・空港・天文台・牛窓オリーブ園、姫路市・後楽園・木下サーカス・西大寺観音院

時代によって、遠足の場所が変化している
■児童数の移り変わり
 明治26年  254人
 昭和11年  289人
 昭和28年  301人
 昭和44年  198人
    (1番少なかった年)
 昭和50年  299人
 昭和55年  417人
 昭和58年 498人
    (1番多かった年)
 昭和60年  495人
平成 1年   467人
平成 5年   418人
平成10年   321人
平成11年   299人
平成12年   277人
平成13年   272人
平成14年   283人
平成15年   261人
平成16年    254人
平成17年    251人
平成18年    245人
平成19年    239人
平成20年    226人
平成21年    247人
平成22年    241人
平成23年    245人
平成24年    251人
平成25年    250人
平成26年    250人
平成27年   235人
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